FC2ブログ

--/--/-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2018/12/08 (Sat)

娘、初段(黒帯)になりました!

娘昇段審査

「昇段認められたよ。
 十年半、支えてくれてありがとう。」

審査の結果が解った時、
娘が電話をくれた際の娘の言葉です。

以前、
子供に1つの事を続けさせるって、そんなに難しい事?
と言う記事を綴りました。

娘からそんな言葉をかけられると夢にも思わず、
涙してしまいました。

ここへ至るまで母親として葛藤がなかった訳ではありません。

よく、「小学校に上がると子供に時間がない」と言われます。

DWEの世界でも、親子英語の世界でも、空手のママ友の中でも同様です。
実際それは間違いではないけれど、中学校や高校に通う子供を持つ親は、
「何を甘ったれた事を言っているだろう」と思います。

子供が成長するにつれて、
子供に一つの事を続けさせるのは難しいのです。
当たり前のことです。
でもそれを続けるか(続けさせられるか)、
辞めてしまうか・・・は親次第。

特に、幼少期から始める習い事は親のエゴが出発点。

小学生や中学生以上は時間がなく、
更に言えば親のコントロールが効かないお年頃でしょう。
でも、親子の信頼関係がしっかり築けていれば
これは問題にはなりません。

空手のママ友の間では、
「中学校に上がるまでに昇段したほうが楽」、
とは聞いていましたし、実際に楽だろうと私も思っていました。

娘は中学在学中に1級(茶帯線)を認められ、
昇段に至るまで3年の時間を要しました。

自宅から二時間半かけて通学し、空手の稽古、
留学で1年空手を休会し、帰国後に昇段と進学(大学受験)準備。
塾には行っていないので、その分を昇段審査の準備に充てました。

留学中に現地での空手の実情を知り(現地で空手の稽古するつもりが挫折)、
自分が日本人として伝えられる空手を使ったデモンストレーションスピーチをしたり、
異国での親元を離れた暮らし、長く修業した極真空手との向き合い。
精神的な熟達がありました。

帰国後すぐに空手に復帰し、
現地で得難かった環境や空手家(武道家)としてどうあるべきか。
自問自答をし日々の修業に励んでいました。

基本、型、移動、組手稽古。
動きの意味と理解と体現できる技術力の熟達。

遠回りをし時間をかけた分だけ、
心技体の調和がとれた状態で昇段審査に挑むことが出来ました。

少年初段(小学生)と一般(中学生以上)では、
昇段審査の内容の濃さが全く違います。
小学校を卒業して約6年過ぎ随分ヤキモキしましたが、
親も忍耐と辛抱をして待った甲斐がありました。

極真空手を続けさせて良かった!

勿論これはゴールでなく、娘にとって通過点でしかありません。
日本人として、空手家として、
黒帯として自分がこうあるべき姿を探求して欲しい。

昇段審査中に「十人組手」が含まれるのですが、
9人目を息子が、最後の10人目を主人がつとめました。

主人は「子供が昇段審査をする際は自分が最後の壁になる!!」と
親子で極真会館に入門した当時から宣言しておりました。

が、今年2018年3月末に致傷し頸椎損傷、四肢麻痺となりました。
以前も同様の致傷をした事がありましたがその時は回復。
2度目の今回は違いました。重症です。

今も不自由な体に変わりはありませんが、
「もともと出来ていたこと、出来るようになる!!」の気持ちで、
リハビリに励み、稽古にも復帰し、
娘の昇段審査組手の10人目をつとめること、
師範からお許しを頂きました。

両杖と短下肢装具がないと自足歩行が出来ません。
主人の体がどの程度動くのか、どんな動きが出来るのか
私には想像が付きませんでした。
師範が「同情だけで許可した」とは思いません。
(神聖な昇段審査を汚すことになってしまいますから)

当日、道場のご父兄も「無理でしょう」と思っていたようで、
道着を着て十人組手の対戦者として名を挙げられ、
息子に介助されながら舞台に上がった主人をみて
目と口をまん丸にしておりました。

伊達と酔狂で名乗りを上げたわけでなく、
10人目の対戦者として、父親として娘に向き合う姿。
主人の生き様を垣間見ました。

世の中のお父さん、
ここまで魂をかけて子供に向き合える人は少数だと思います。

WFの先生方が表面な付き合いでなく、
深く、長く、気にかけて下さるのは子供たちの個性よりも
「主人の人間性のおかげ」だと私は思っています。

今回の昇段審査直前に縁故の先生から、
「元気してる?」と連絡を頂き、娘の昇段審査があるとお話ししました。
極真空手をやっていることはご存知ですし、
話だけでなく、子供たちの極真空手演武を見て頂いたこともあり、
子供たちがDWE以外にも「長く続けていることがあり、
それは人を感動させるだけの技量がある」
ことをとても褒めて下さいます。

心配おかけするのは心苦しいので主人の致傷はずっと伏せていました。
がただならぬ様子を察したようで、尋ねられたので正直に現状をお話ししました。
またパワーをたくさん頂きました。先生いつもありがとう。

話がそれましたが、
娘と自足歩行が出来ない父親の組手は圧巻でした。

十人組手は休みなく組手が続けられます。
挑戦者は疲労が蓄積するのに、対戦相手は無傷です。
動かなくなる体を動かすために出す声が気合を超え慟哭の娘。
もはやJKでなく獣の体でした。

舞台袖まで息子が介助し支えられながらの移動の父。
舞台立ち位置まで介助しようとする息子を制し動かぬ体で移動。

疲労困憊の娘の最後の対戦相手の父は容赦なく下突きを打ち込みます。
(と言っても腕の力でしか突けないので威力は半減 健常だったら娘吹っ飛びます)
グハッとなる娘。息をのむ会場。
組手終了のタイマーがなり、お互いに礼の後の父娘ハグ。

その光景に会場は涙、私も涙でした。

主人が細かく方向転換をし、突きと少しの移動が出来ると思わなかった。
昇段審査会後に周りに人がおらず静かな環境で師範とお話しした際に、
「組手あそこまで動けると思わなかった、ここまでの回復のスピードも
 そうだけど、絶対にこうなるんだと言う気持ちの強さがそうさせたんだろうな」
と師範も驚かれていました。

審査会開始の師範の挨拶で、

昇級審査は認める(合格)前提の審査をします、
昇段審査は保留(不合格)にすることを前提に審査します。

とありました。

帰宅後に録画したものを見て家族反省会。
「ここは出来てるけど、ここは出来てない、悔しい~!!」
などの反省と課題がありましたが、
認められなかったとしても出来ることは全てやり切ったと娘。
師範と師範代の判断をただ静かに待ちました。

長い一週間でした。
珍しく夢の中でも心配していたし、結果発表の前日もあまり眠れませんでした。
緊張しすぎて吐き気を催すぐらいのプレッシャーでした。

見事に昇段を認められた娘はその翌日に大学受験面接。
昇段の結果も出て、気持ちも落ち着いて面接に臨めたらしく
こちらも無事に合格しました。

高校留学から帰国したのが昨年11月末。
今年の11月に昇段審査と大学受験。
非常に濃い、そしてあっという間の1年でした。

過去形で話せて嬉しい(*^_^*)

まだ息子の昇段と主人の昇段(本人はするつもりです)が残っています。
息子の昇段の準備をしつつ高校受験と主人の社会復帰の準備。
歩みは遅くとも前進、確実に前進しています。

娘の極真空手は十年半で一区切りが付きました。

万歳!!!


スポンサーサイト

2018/06/24 (Sun)

劇団四季 ノートルダムの鐘

ノートルダムの鐘

東京公演は見送って横浜公演を観劇(感激?)しました!

今まで四季のディズニーミュージカルは、
ディズニーを前面に出している印象でしたが、
こちらのポスターを見た時、ディズニーを前面に出さず
寧ろ隠しているかぐらいの感じの厳かな印象でした。

美女と野獣やライオンキングとは良い意味で異なります。

音楽はディズニーアニメーションを受け継ぎ、
舞台は原作に近い内容となっています。
舞台版に変えられた音楽と舞台演出に圧倒、
特に原作が持つ世界観が上手く表現され早々にのめり込みました!

娘のミュージカル初観劇はウィキッドでしたが、
小3であの内容が理解出来るか当時の私は不安でした。
結果としては杞憂で娘にとって心に強く響く作品となりましたけど。

感想はノートルダムの鐘もウィキッドに次ぐ
強烈なメッセージのある作品でした。

万人受けするか・・・と言うと難しいところではありますが、
人間が持つ光と闇の対比や生きることの素晴らしさや生々しさ。
それらがあの美しい楽曲の数々と調和し人の儚さに涙。

我が家にとって非常に毒性の強い作品でした。

実は子供たちに「もう一度観たい!!」見たいと言われたのですが、
ショート公演だから今からまたチケット取るのは難しい・・・と説明(^^;)
鑑賞後、息子が率先して舞台ノートルダムの鐘動画(アメリカ公演)を
見ていて、更に娘が楽曲を提示するのでサントラで我慢して貰いました。

四季版のノートルダムの鐘もさすがの劇団四季クオリティですが、
アメリカ公演版キャストのサントラも素晴らしさ際立つ鳥肌ものです!!

さぁ、次はCATS東京公演です♪


2018/02/20 (Tue)

グレイテスト・ショーマン

グレイテスト・ショー

「始まったと思ったら終わった」との娘の感想同じく、
物凄く集中して最後まで観た久々の良作でした。

この映画の公開を知り息子が「これは是非観たい」と宣言したので、
直ぐにサウンドトラックを購入しそれ以上の情報は入れませんでした。
映画鑑賞中小さく何度も拍手した息子は、
「やっぱり思った通りだったよ」と大満足。

表面的には職場の同僚が評したように、
良くあるストーリー展開かもしれませんが・・・・

主人や私は主人公バーナムの気持ちに深く共感しました。

人としての理想はバーナムの奥様の様にありたいと思いますが、
自分の生まれ育った環境に置き換えるとほど遠く、
苦界からポジティブに歩み続け、成功を手にし、
更なる成功を・・・と強迫観念に追われ続けるバーナム。
その苦悩が心にズドーーーンときました。

華やかなパフォーマンスの裏に隠れた、
登場人物それぞれの心理がパフォーマンス以上に
引き込んでくる文句なしの秀作!

家族一致の感想は、
「これはまた映画館で観ようね」でした。

2017/12/18 (Mon)

娘、留学報告会

娘の留学報告会がありました。
同時に、自分の凝り固まった固定観念に反省をしました。

娘の報告は「現地の先生について」。
言語が違う異文化の環境でも人と人は信頼関係を築く事が出来る。
これから留学する1年生たちへメッセージ性の強いその内容は、
娘でなければ出来ない発表でした。

我が子が国籍や年齢や性別など関係なく、
信頼関係を深く築く事が出来る子に育った・・・!
親としてこんな喜ばしい事はありません。

留学と言うと、
現地の同世代の子供と肩を並べてワー!キャー!騒いだり、
アクティブに現地のあらゆる所へ足を運んだり。
所謂「留学って楽しいよ♪」広告の宣伝文句的な事を想像しがちです。

多少なりその気持ちがこちらにもありました。
だからSNSなどを介し、現地でどんな事をしているのか知りたかったし、
また望んでいました。
そして、それをやらない娘に「本当に楽しんでいるのかや、物足りなさ」
を強く感じ「強制してしまう自分」がいました。
そんな大人たちに当然娘は、

「私は楽しいと思っているのに、何故それをしなければならないの?
私が楽しいと思うことは違う、余計なお世話だ」と反発。

最もな意見ですね(;^_^A)

今まで日本でやってきた事が実際に英語圏で通用すると解った。
その先は、
「誰でも出来る事ではなく、自分にしか出来ない事の本当の意味と、
それをやり遂げる事に留学の本来の意味があるのだ。」
と娘から教えられました。

報告を聞き、娘がニュージーランドで、

「良い先生たちに出会えて良かった。
(日本人留学生たちのマナーの悪さに辟易していたので)
先生にだけは恵まれていた。」

と言っていた意味が良く解りました。

凝り固まった固定観念は恐ろしい・・・と反省。
そして、考え方を変えてくれた我が子に感謝したいです。

留学先の学校でどんな事をしていたのか、
少しずつ聞き出せるようになり、
私も「へぇ~そうなの」と楽しいです。

本当は娘の口から文字的なもので語ってもらいたいけれど、
一部の取材でしか答えない娘(^-^;
娘から聞き、私が感じた事を備忘録として残したいと思う。

(追記)

別の場でこの内容を読んだ娘が、
「お母さん、やっと解ってくれたか」(^^♪

担任からも「留学中のtripや現地生活は〇〇」は誰でも出来る事。
娘がテーマで取り上げた内容は、
「これから留学する1年生の不安について、大丈夫、心配ない!!」
と体験に基づく応援メッセージで初の試みだったらしい。
ホントのところは、
「この内容を取り上げたくても出来る生徒がいなかった」と。

娘自身もそこを意識して、発表したかった内容だそう(#^.^#)

2017/09/29 (Fri)

世の中がざわつく「早期英語教育」

先日のテレビ放送で
「早期英語教育は否定」が取り上げられました。

世の中がざわつく、この「早期英語教育」、
乳幼児や子供の英語を議論するには様々な視点が必要で・・・
それを一家団欒のお茶の間に向けて、
たった数分で語りつくせるテーマではないのですよね。
否定者も賛成者も伝えたい事が伝えきれていない感じで、
何だかとても切なくなりました。

教育者でもなく、個人的に英語が堪能でもなく、
素人の私が自己責任で子供たちの早期英語教育に関わってきました。
子供たちはそれぞれに大きくなり、
「幼少期の英語の取組みを顧みて答えられる年齢」
に育っています。

先日も某webサイトに子供が答えた内容が掲載されましたし、
私も、

――早期英語教育の効果を実感できるのは時間がかかるため、
最初の一歩が踏み出せない保護者の方も少なくありません。
そういった方々に、何かアドバイスはありますか?

と言う質問にお答えたばかりで・・・このテレビ放送。

1999年7月に公開された、
「スター・ウォーズ エピソード1」は大変印象深い作品でした。
これは映画作品としても衝撃的でしたが、
映画好きで英語が解ったら尚楽しめるだろうと
思って観ていた私に、とても印象に残った台詞があります。

クワイ=ガンがジャー・ジャーに言う、

「話せるから利口とは限らん」
The ability to speak dose not make you intelligent.

これは主人も同じ気持ちだったようで、
「話せるから利口とは限らない」が、
頭にありつつの英語子育てでもあります。

自分が早期英語教育をしていることも、
ご近所に似通った環境をお持ちの方が皆無なのも、
世間一般との英語に対しての温度差も認識しています。
良しにつけ悪しきにつけ飄々とマイペースに、
周りと関りを持たなった事でブレずにここまで続けられています。

さて、テレビ放送での否定について「英語さえ出来ればいい!」と
誤解を招くような進め方がある現実、それらを指して
「早期英語教育は否定」と言うのなら理解できます。

でも早期英語教育は多様なんです。
そこがこの問題を複雑にさせる原因でもありますね(^-^;

先日、「幼少期から英語を耳にする環境で、
 自然に英語がコミュニケーションのツールになるケース」
 と「大きくなってから第2言語として学ぶ英語の違い」

について思うところを書き出したばかりでした。

早期英語教育を肯定するについては、
幼少期から英語を耳にする環境で、
自然に英語がコミュニケーションのツールになるケースが当てはまり、
これは例えるなら「伝達の英語」。

早期英語教育を否定するについては、
大きくなってから第2言語として学ぶ英語の違いが当てはまり、
こちらは例えるなら「思考の英語」。

伝達を英語「が」話せるとするなら、
思考は英語「で」話せる。

その意味は大きく違います。

残念な事にあのテレビ放送で言っていた様に
進学や就職の際、「英語が話せると有利」と
勘違いしてる方はいらっしゃいます。
私の環境で言えば学校繋がりがそれに当てはまりますね。
「留学に対して何を求めるか」も含めて、
親の立場で求めているものの温度差を感じます。

既存の職種が徐々になくなり、
新しい職種が生まれつつある世の中。
10年先がどんな世界となるのか凡人の私には想像がつきません。
それでも子供がどんな環境においても、
自身の力で生き抜いてゆけるよう育て上げなければなりません。
子育ては待ったなし!なのです。

だからこそ、
英語が話せるのではなく、英語で話せる事がどれだけ大事で、
それには思考力が必須である事。
思考力する為に母語の基礎学力の強化と知識力を蓄える必要性。
小さい頃から英語だけに特化し過ぎた際の落とし穴を
テレビ放送を使い有名な先生は言いたかったのではないのかな、と。

あくまでもこれは私の解釈で、
あの番組についての意見はやはり多様だと思います。
人は見たいものだけを見て、
自分が信じたいものだけを信じる生き物ですから。

不思議な事にこどもの英語に、
「早期」とか、語「学」とか、「教育」とか、
何となくお勉強が匂う文字が組み込まれると、
反対派も賛成派も共に白熱するのは何故だろう?

不思議だな、と毎度思います。

因みに我が家の場合、
ディスレクシアの息子から教えられるのは、

「母国語方式で幼少期から英語に触れ、
 伝達の英語を強化出来た事は、
 スムーズな思考の英語への移行に繋がっている」

と言えますね(^_-)-☆


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。