2016/06/17 (Fri)

母国語方式で英語に触れると言うこと

母国語の習得は「聞く、話す、読む、書く」と言われるが、
ディスレクシア(読み書き困難さを伴う発達障害)の息子を見ていると、
本当にその通りだと感じる。

息子に日本語や英語の隔たりはない。
母国語方式に触れ、月齢に合わせた発達環境がそれぞれにある。

先日娘の進学説明会の場で、
変わりつつある大学受験の英語入試についての説明を受けた時の事。
学校側は「読む、書く、聞く、話す」と言い、
この部分が非常に耳に残った私。

私の中では「聞く、話す、読む、書く」の順番が当たり前の事でも、
日本では「読む、書く、聞く、話す」の表現が大多数なのかもしれない。

実際に娘の級友たちも「聞く、話す」事に苦戦しており、
なぜそんなに英語が話せるのか?と質問され、
答えても「それだけで話せるの~?」と言われ娘は困惑している。

私の中で大雑把に、

(生活=コミュニケーション)聞く、話す
(教育=学び)書く、読む

そう振り分けて今まで子供たちの英語に関わってきた。
英語に関わらないと解りにくいことかもしれない。

さて話を戻すと、
ディスレクシアの息子は生まれ持っての読み書き困難さから、
日本語の読み書きを非常に苦労している。

現在は4年間の言語科での識字書字訓練のおかげで、
言語理解も平均枠に収まり、
心配だった中学校の授業も表面的な問題はなく過ごせている。

しかし、同世代のお友達の様に楽に読み書き出来るようにはゆかず、
出来ない訳ではないけど、見え方の問題で時間がかかる・・・
と言うハンデがある事に変わりはない。

小学校時代の言語科での識字書字訓練と平行しつつ、
来る中学校での教科英語に備え、

「音素と文字の結び付け」「フォニックスワークで読み書きを学ぶ」
「音読」

読み書きの導入を母国語方式に当てはめて進めてきた。

↑で書き出した息子への取り組みは、
就学前に日本の家庭で行うような取り組みを、
英語に置き換えて進めただけの事。
つまりは「母国語方式」で行った。

この部分の下地を作ったことでディスレクシアでありながらも、
中学校で他言語の教科英語(教育=学び)書く、読むに適応していると言える。

息子の担任(英語科)と息子の学習支援についての面談を行った際、

「学習障害を持つ生徒さんは外国語は特に苦戦する傾向が強いのに、
 息子さんにその傾向が見えないのはどうしてでしょうか?」

と質問された。

人知れず日々努力している息子の賜物でもあるが、
「母国語式で英語に触れた」事が大きいと言えるのではないか。

月齢と発達環境と個性を見極めて、
その子に合わせたペースで必要な事を適切に進める。
これは他人任せに出来ない事だと思う。

私は早期教育的なことがあまり好きでない。

もしディスレクシアの息子に対して幼少期にそれを行っていたら、
ディスレクシアの特性にもっと早く気が付くことが出来たかもしれないが、
息子との信頼関係を築くことは出来ていなかっただろうと推測できる。

我が家がしてきたことは一見して早期教育と似ているが、
異なることだったと言える。

だからその効果が良い方向で息子に表れている。

・・・・母国語方式は奥深い。

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